「あ・り・が・と・う」と書かれた紙を高く掲げ、満面の笑みでこちらを見つめる後輩の姿に、嬉し涙を流しながら、私は4年間のPride生活に幕を下ろしました。
この景色は、これまでの日々が報われた瞬間を感じさせてくれるものでした。
しかし、この日を迎えるまでには、数多くの試練が待ち構えていました。
第一の試練はコロナによる活動制限。
一向に初舞台を迎えられない悔しさ、誰もいない観客席へ音楽を届けるもどかしさに、希望を見出せない日々が続きました。
そんな環境下でも、今できることを懸命に取り組む先輩方の姿に、沢山の勇気と力をもらいました。
2年生でやっとに迎えた50期の初舞台では、お客様からコロナ禍以前の声援にも勝る大拍手をいただき、とても感動しました。
第二の試練は自身の弱さと向き合うこと。
一年生の12月に入部した私は、手具を触ることのないまま先輩という立場になりました。
技術も人間力にも自信がなかった私は、周囲と比べて劣等感を感じることが多く、そんな自分に何度も腹を立てました。
しかし、私と同じように悩む後輩を目の前に、この悩みは同じ境遇で悩む誰かを支えるための、「超えるべき試練」であると気付きました。
第三の試練は全国大会を目指すことへの葛藤。
「コロナだから仕方がない」と妥協することにいつも悔しさを感じていました。コロナ禍でも高い目標をもち続けたかったのです。
しかしその思いとは裏腹に、大会未経験の私たちが全国大会を目指して、後輩は付いてきてくれるのだろうかと、不安を感じる自分もいました。
そんな時浮かんだのは、最後の舞台をコロナに奪われた悔しさを押しこらえ、笑顔で卒業された先輩方の姿でした。
「どんな時でも50期を守り、導いてくださった先輩方へ何としてでも恩返しをしたい」、
そして、「コロナ禍を乗り越えた伝説の50期になる!」
そう腹を決めて、今できる最大限の挑戦を続けました。
そんな想いの象徴が、2022年に作製した『レッドキルツ』です。真っ赤なキルツのジャケットには、私たちの希望やPrideへの愛が沢山込められています。
こうして迎えたPride生活最後の関東大会。
全国大会出場をかけた大一番という時に、これまで二人三脚で走り抜いて来た同期が、インフルエンザにより出場できなくなったことを知りました。
私たちの夢を叶える瞬間を共にできない悔しさ。これが最後の舞台になってしまうかもしれない恐怖に、私は初めて後輩の前で大号泣しました。
関東大会終了後、帰りのバスで行われた結果発表。
部長が放った「全国大会出場決定」という言葉。
私は無意識に、同期へ電話をかけていました。
「私たちの夢が叶ったよ。全国の景色見れるよ!」
これまで堪えていた思いが溢れ出し、二人で涙を流しながら喜んだことを覚えています。
念願の全国大会では、喪章を付けたレッドキルツを身にまとい、創立者の伏兵となって舞台に立ちました。
これまで以上に強い絆を感じながら、8分間のメインショーが始まりました。
バラードのダンスソリ。同期と見つめ合うシーン。
関東大会で見ることのできなかった同期の姿。そして涙ぐんだ笑顔。その存在は、とても温かくてキラキラと輝いて見えました。
こうして、コロナ禍に入部した50期が、卒業を迎える年に全国大会出場を果たし、関東スーパーマーチングの初出演まで勝ち取ったこと。
創立者のご逝去後初となる舞台で、日本全国に励ましを贈ることができたこと。
これはまさしく「伝説の50期」になれた証だと思いました。
葛藤の多き日々ではありましたが、どの代よりも沢山の幸せを感じられたことは間違いありません。
そして、どんな試練にも負けず、通学、教職、アルバイトの掛けもちなど、様々なこととの両立に挑戦しながら4年間走り抜いたことは、私の自信となっています。
これまで支えてくださった方々、どんな日も変わらず送り出してくれた家族、そして自慢の後輩に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
50期 Color Guard 上原華蓮
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